無門庵TOP > 樋口一葉について
樋口一葉について

樋口一葉の「たけくらべ」

たけくらべ」は24歳の若さで夭折した樋口一葉の名作で、明治文学を代表する作品のひとつです。
明治28年から29年にかけて発表され、東京の吉原遊郭を舞台に、
勝ち気な少女が内気な少年に思いをよせる心のうごきを美文調でつづったもの。
一葉はこの作品を執筆後、肺結核のためこの世を去りました。



直筆原稿には明治28年1月から29年1月まで文芸雑誌「文学界」に連載したものと、
29年4月、補正して文芸雑誌「文芸倶楽部」に一括掲載のため清書したものとの2種類があり、当ギャラリー所蔵のものは、
「文芸倶楽部」のため一葉自らが清書した原稿。
75枚から成り、朱書きのふりがなも一葉の自筆で保存状態も良好。
「文学界」連載原稿のほうは数カ所で分割所蔵されているので、当ギャラリーのものが、現存する唯一の完全原稿となり、
重要文化財級の文化遺産と研究者間で評されているものです。
※当初の所蔵者は「文芸倶楽部」の出版元「博文館」の編集長、故大橋乙羽氏でした。

現存する一葉の手紙からみて、当時「たけくらべ」の好評を祝う会に出席する着物がなく、
一葉が「十円」を借金したさい、その担保という形で大橋氏にあずけられたものといわれています。
大橋氏の没後、長男佐太郎氏にゆずられ、門外不出として同家に保管されていました。

昭和32年毎日新聞記事より


その後、戦争の激化する中で、研究家の間では、
完全に失われたと言われていたのですが、実はずっと佐太郎氏の手元にありました。
手放しがたく思っていたそうなのですが、戦後の苦しさから最終的に手放すことになり、
松屋浅草支店美術品部の満山氏が譲り受けました。
昭和24・5年頃のことだったそうです。

満山氏の元には美術商が是非売って欲しいと日参したり、
ボストン美術館から1万ドルでとバイヤーから申込みがあったといいます。

その後、一葉と同じ山梨出身の無門庵の先代、故小林無門(実)が昭和30年代に購入しました。
岩波文庫「たけくらべ」のあとがきには、現在は無門の所有と記されています。

一葉愛用の池端中島の藤色の原稿用紙に書かれた、流れるような墨文字、
雑誌掲載のためにつけられた朱色の読みがな・・・書かれて100年近く経つものですが、
原稿の色あせもなく、いまでも当時のみずみずしさを失っていません。
一葉の若々しい情熱が、時を越えて伝わってくるようです。

一見の価値ある逸品を、どうぞご覧下さい。